ライジング•サン⑥夏休み補習とかなるなよ・そんなけんいちの忠告に何の効力も無いことは彼自身が実によく分かっていた。ただ言わなければ恐らくもっと可能性が上がり、そもそもあのももこの口ぶりは体育祭実行委員に据え置かれた実状すら知らなかっただろう。端から補習のつもりでいる、怠け者のことだ。「さくらが赤点取らずに夏休みか。」それ無理じゃね?そう杉山さとしに一蹴され、けんいちはももこを氣にかける素振りすら実は無駄骨の様に思えた。「やっぱり?」「いや、そもそもさくらが取らない訳無い。」さとしはサポーターを当てながら断言した。「いや、いくらさくらでもさすがに。」無いとは言い切れない、これがけんいちの本音だ。「ほらな。入学と同時に留年心配してるような奴だぜ、あいつは...24Jan2021大+まるtheynovels.
ライジング•サン⑤はた、と視線がぶつかることにけんいちは違和感を覚えていた。ぱちり、ぱちりと合う視線が何だか不躾に思える位にけんいちを射ぬく。合っては反らす、合っては反らす。それが何の意味を持ってのことなのか、いくらも検討がつかない。大野けんいちは温い陽気に包まれた地学室の最後尾で十分置きに欠伸を噛み殺している。何億光年と地球を巡る恒星や惑星の所在など、どちらでも良かった。そんな状況下にあるのはけんいちだけではないようで、彼の斜め向かいでうつらうつらと揺れるセーラー服が、時折目一杯勢いをつけて傾く。そんな姿、教師が今黒板を向いていなければ確実に見られて立たされるか顔を洗いにいかされただろう(しかしこの教師は前者だ)。傾いた勢いでシャープペンシルが机の...24Jan2021大+まるtheynovels.
ライジング•サン④焼け付く様な太陽、立ち昇るそれがライジング・サンと言う事。それを教えてくれた洋に対する悶々とした不満が解消されたももこは今、妙に晴れやかだった。そんな彼女の単純さを親兄弟はお手軽と言ったし、友人はポジティブと称賛した。そして、そのももこ自身はそのいずれも当て嵌まってはいないと感じていたが、事実それが長所でありそんな自分に救われた経験もあったので全力で否定はしなかった。幼なじみであり、一番身近に物を生み出す喜びをありありと見せてくれた洋。それは異性に対する思慕ではなくとも、やはりももこには特別だった。異性といえば、同じくして幼なじみの大野けんいち。元は同じ地元の生まれだが親の転勤で東京へ越して、この春再び戻って来た。あの頃、非常にやん...24Jan2021大+まるtheynovels.
ライジング•サン③武田洋の撮った写真を最後に見たのは多分、ももこが中二の頃だ。その時の写真は地元のローカル紙の広告に使われ(新聞を読もうとかの類だ)、近所でも瞬く間に評判になりそのパネルやポスターを目にしない日などなかった。四つ切りに切り取られた中で白く輪郭を失う、太陽が見せる表情のほんの数秒を切り抜いて、それを初めて見た彼女は心臓が早鐘を打ち痛んだ。洋の写真は、いつだってももこの胸を熱く騒つかせるには充分事足りていた。その日は湿度の高い、茹(う)だるような暑さでその場に立つだけでも背中がじっとりと汗ばむ程だった。そんな体育館、今朝の全体集会でも相変わらずな彼を見つけてしまった。受験生特有の緊張感なんてまるで感じさせない、空気みたいに飄々と漂う姿はや...24Jan2021大+まるtheynovels.
ライジング•サン②彼との出会いは小学三年、そう確か五月。ちょうど今日みたいに日射しが力強い午後だった。祝日だというのに家族に相手にされていなかったももこは暇を持て余し、そして立派なカメラを下げた生意気に笑う彼に出会った。話を聞けば彼はももこの二つ年上だったり、実は同じ小学校に通っているということ。年上だと威張ることもなくただカメラのシャッターを切る、そして誇らしげに自身の宝物を教えてくれた彼がももこには眩しくて、その背中は小学生ながらに逞しく映った。それが、彼女における『武田洋』の全て。「まるこ。」間延びした声に背中が力む三限目の休み時間、移動中。一から三学年までの教室がある校舎と地学室、生物室のある箱の様な年季物の校舎を渡す廊下の一角で、相変わらず...24Jan2021大+まるtheynovels.
ライジング•サン①午後3時の授業程退屈で閉鎖的なものはない、さくらももこはいつだってそう思っていた。黒板につらつらと並べられたそれは太陽系の天文図、太陽を中心に恒星惑星が巡り巡っている。真黄色の石灰は決して美しいとは言えない、それらの軌道を不器用ながらに描いている。0.5ミリ幅のキャンパスノートには、太陽と水星金星まで写して諦めた(地球までもう一息だったが辿り着けなかった)。地学の時間は決して苦痛ではないのだが、その授業内容次第で彼女の集中力が左右されるのは確かで、恐竜や古代生物の内容の時はそれなりにしっかりと話を聞いていた。ところがそれが地層の話になった瞬間、睡魔との闘いに突入し舞台は今、壮大な宇宙。ももこはまさに銀河の遥か彼方に意識を手放さんとし...24Jan2021大+まるtheynovels.