ライジング•サン⑥


夏休み補習とかなるなよ・そんなけんいちの忠告に何の効力も無いことは彼自身が実によく分かっていた。

ただ言わなければ恐らくもっと可能性が上がり、そもそもあのももこの口ぶりは体育祭実行委員に据え置かれた実状すら知らなかっただろう。

端から補習のつもりでいる、怠け者のことだ。


「さくらが赤点取らずに夏休みか。」

それ無理じゃね?そう杉山さとしに一蹴され、けんいちはももこを氣にかける素振りすら実は無駄骨の様に思えた。

「やっぱり?」

「いや、そもそもさくらが取らない訳無い。」

さとしはサポーターを当てながら断言した。

「いや、いくらさくらでもさすがに。」

無いとは言い切れない、これがけんいちの本音だ。

「ほらな。入学と同時に留年心配してるような奴だぜ、あいつは。」

あ、俺のスパイク取ってくんね?とさとしは着々と身支度を整えている。

けんいちも練習着を被りながら足元に転がるスパイクをさとしに手渡した。

常駐しているエアサロンパスの匂いと埃っぽい打ちっぱなしのコンクリート、部室棟にまだ人氣(ひとけ)は無い。

「まさかあいつが体育祭実行委員なんて!よくまあクラスの奴もやらせたよな。」

「女子委員決まってなかったのがそれしか無かったんだよ。」

「ああ!不運!」

嘆きを現しているつもりか、眉間に手を添えて大袈裟に天を仰いだ。

さとしのそんな様子が、ちっとも不運とは思っていない事をけんいちはよく知っている。

さとしとも小学生来の付き合いなのだ、彼の人となりはもう嫌と言うほど分かっていた。

「大野も、実行委員の仕事とさくらのお守り頑張れよ。俺に出来ることがあったら言えよ!」

それなら今すぐ彼女をひっ捕まえて机の前に縛り付けてくれ、そう言うとさとしはそれもう大層吹き出してゲラゲラと腹を抱えて足をばたつかせた。

「お前には最初から期待してないよ。」

尚まだコンクリートに響くさとしの笑い声に、けんいちの溜め息なんて霞の様だった。

つくづく厄介な奴だ、とけんいちは思った。

実際周りの女子がどんなものか知りはしないが、ももこはそのどれにも埋もれていない。

それは良くも悪くも、だ。

先日も例によって授業の居眠り、ついでに宿題忘れのおまけも付いてついに彼女は教卓の一番前、特等席に招かれた。

その様子にももこをよく知る幼なじみ達、また高校から親しくなった友人とにかくクラスのほとんどが肩を揺らし笑った。

けんいちに於いてはいよいよ呆れ半分で、随分遠くに行ってしまったその背中を眺めていた。

ももこ自身は恐らく至極真面目なのだ。

確かに居眠りはするし宿題はしてこない、遅刻もままあれば(むしろ登校時刻がギリギリ)すぐに手を抜こうとする。

つまりは『いい』加減なのだ。

やることなすこと裏目に出る分かり易さ、あわよくば自分の得分を増やそうとするようなずる賢いところ(そしてそれさえも目に見えてわかる程に明け透け)もあるが、肝心なところで必ず相手の領分に自分の全てを懸けてしまえる無防備さがあった。

その不思議な塩梅で同級生には慕われていたし、教師にはやけに可愛がられていた。


とにかく、昔からそう・なのだ。

正直、得体が知れないのだ。

故に、合っては反らされる視線が不可解で余計にももこが分からなかった。

不可解といえば。

その日の放課後、件(くだん)のももこと洋が中庭で何かを広げながら二人小難しそうに顔を突き合わせていた。

それを部活前に渡り廊下から目撃したけんいちには、僅かに目を凝らしてその様子を伺ったがさっぱりどういう状況か分かる筈も無かった。

ただひたすら顔をしかめるももこの背中は特別遠くに思えた。


そして。

脳裏を掠めた交わらせないももこの視線を思い出して、あれはやっぱり不可解でだけど不愉快だとは感じない自分にその時はただ首を傾げるばかりだった。

HUG HUG HUG

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