太陽が隠れる。
宇宙の神秘に巷は浮き足立っている。
昼間が明るいのは、太陽があってこそなのに。
それが闇に変わることを、なぜだか手放しでは喜べないのは私だけではないはずなのに。
彼は、ロマンがないと笑うのだ。
そういうあなたは、一体いつから銀河だ浪漫だ思いを馳せるようになったの。
その繊細な容姿に相反して、野心家な所。
実は、熱情的に誰かを求めるとか、そんな粗削りなあなたをとても気に入っていたのにね。
「城ヶ崎は相変わらず秘書課の有望株なんだな。」
「どういう意味?」
「先輩がさ、城ヶ崎を紹介しろって。うちの課長もお前をベタ褒め。」
「当たり前でしょう、秘書課の中でもトップに立たなきゃ。何の為にこの見た目に生まれたかわかんないじゃない。」
「お前って、つくづく女帝だな。」
ちょっと誰が女帝よ、と舌打ち混じりに息をつく。
高層ビルの屋上は、日食を待つ社員で溢れている。
黒のプラスチックをかざして皆、空を仰ぐ姿が滑稽だった。
「その先輩て。大野みたいに、容姿も仕事も私に釣り合う男?」
彼のラルフローレンのワイシャツには、綺麗にアイロンのプレス跡が見て取れた。
ネクタイもスーツも、全てにおいて彼の良さを引き立たせる。
やはり、“彼女”の見立ては完璧なのだ。
「知らねえの?営業一課のすげえ有名な男前。」
そんな人いたかしら?
営業一課も何も、この会社で良い男。
あなたくらいしか知らないわ。
そんなこと、口が裂けても言わないけどね
「さくらさんはどうしてる?」
「最近つわりが酷くてさ。毎日トイレから離れらんない。飯も全く食えないんだ。」
「子どもを産むって大変なのね。」
「すげえよな、あいつには本当頭上がんねえよ。」
端から見ている社員達は、私と彼が並ぶだけで騒めき立つ。
こんな風に私と彼を繋ぐのは唯一、“彼女”の存在だけだなんて知りもしないのだ。
「子どもが生まれたら世界一周したい。」
「何言ってんの?」
「て、あいつが言うんだ。」
「さくらさんらしい。」
「今日の朝も多分一番はしゃいでた。」
「銀河の浪漫だ、って?」
「間違いない。」
目に浮かぶ、彼女の笑顔が。
あなたは、彼女をどんな風に守るのかしら。
その節張った手で、低く通る声で彼女を。
そんな途方もないことをぼんやりと考えている内に、月は太陽を飲み込んで行った。
当たりからその神秘に感嘆の声が漏れる、隣の彼からも。
そんな横顔を闇が包む。
「その先輩、会ってみてもいいわよ。」
「超女王様だな。了解、伝えておくよ。」
この日食を、本当は誰と見たかったなんて言わなくても分かってる。
だけど、この朝を心待ちにはしていなかった私でも、今はその浪漫とやらに酔いしれたいと思っているの。
滑稽だわ。
次の日食は幾十年先、その日の朝には私も胸をときめかせているといい。
そんなことを思いながら、再び顔を出した太陽に目を細めた。
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