未練たらしくて、ちっぽけ。
愛すべき馬鹿な生き物なんだ、男ってやつは。
雨に霞むシャンゼリゼ、街路樹の緑は鳴りを潜め窓に映る冴え無さに一先ずの溜め息をついた。
憂鬱そうに息を潜めたその表情が、何とも情けなかった。
高校を卒業してオーストリアに渡り古典派音楽なんて学びながら、そこも卒業するとパリのレコード会社に就職した。
父が会社を営んでいると知る人々は、てっきり継ぐものだと驚いていた。
恐らく、父が会社を切り盛りするのもあと十年と無い。
その先、花輪という大きな組織を託されていることは、身内を始め全て周知の事実だったことで今の環境にとやかく口を挟む者はいなかった。
子供の頃の記憶の両親は年二度程会えたりする、それは随分貴重な存在だった。
お正月、入学式、夏休みにクリスマス、それに並んで両親との再会は一年を彩る行事に分類された。
父も母も世界を飛び回り(おおよそはパリ)一年中仕事に明け暮れ、しかし週末になれば欠かさず国際電話で一人息子の息災を確認してくれた。
その上、傍にはいつだって古くからの使用人や賑やかな友人達に囲まれていたおかげで、決して愛に飢えた少年期を過ごした訳ではなかった。
勿論、恋だって。
初恋は随分と遡る。
確か、栗毛色の砂糖菓子の様な少女だった。
あまりに昔で記憶も曖昧、彼女の顔や声なんて滲んで定かではない、柔くて脆い思い出だ。
女性は、丸くなくてはならないと思っている。
甘く柔らかく弧を描くように曲線だったり、それはとにかく男である僕にない物全て凝縮させた様な。
だから、妙に芯が強かったり角があったりましてや棘など以っての外。
必然的に、無意識にそういう異性を選んでいたし、生涯を共にする相手には必要不可欠なのだ。
しかし不思議だ、そんな絶対的な持論を掲げながら脳裏にはいつも彼女が過ぎる。
それこそ逞しくて曲線も丸みもない奇想天外というか、そういう類いの言葉が相応しい彼女は幼なじみだ。
小柄で溌剌と、それは全身から生きている事を感じさせる彼女は周りにいるどんな女の子より独特で特別だった。
傍にいればいつだってそのペースに巻き込まれて(時に付け込まれ)、僕は振り回されていたのにそれがかえって心地好かったのだ。
こともあろうか酷く鮮明に澄んだ記憶として、こうして今なおセーヌの流れを眺めながら凱旋門を見上げながらゆっくりと記憶を巡って行く。
走馬灯の様に、緩やかに浮かんでは消える彼女はいつも笑顔だった。
それに触れたくて触れたくて堪らない、どうしたって手に入れたかった。
金持ちの一人息子に置けるヒールっぽさ、我を通して周りを振り回し、欲しいものは必ず手に入れる、執着。
僕自身に欠けているのは、そんな所。
彼女が完全に誰かの物になってしまう前に何とか手を尽くせばよかった、そうすれば今なお夢に現れる彼女の残像に胸を焦がし焦がれることもなかったかも知れない。
こんなにも、求めて止まない彼女だったのに。
長雨かと思われていた空は薄ら明るくなり、厚い雲の割れ目にまばゆい程の夕日が差し込んでいる。
辺りは、街灯が燈り始めにわかに車道が賑わって来た。
手元には父が薦めてくれた女性の写真、ブルーの瞳にブロンドの髪の少し意思の強そうな笑顔を浮かべているそれを眺めながら、悪あがきは止そう、と腹を括ってしまう自分。
彼女の夢は、きっとこの先も僕を悩ませる。
僕はこの先の見えないループに繰り返し立ち止まり、やはり前へは行けないかもしれない。
感傷に打ちひしがれた胸は痛む、苦くて酸いものが広がり僕を捕らえて離さない。
情けないが、彼女を思えば涙が頬をつたう事もあった。
しかしそれも縁だ、拒むより受け入れた方が何倍も心地好い筈だ。
理解している振りも時が過ぎれば振りでは無くなる、彼女への気持ちがそうであった様に前に進めない自分も踏み出せない足元も、友情が愛情に変わる瞬間も受け入れる。
そう、こんな頑なで青臭いオリーブの様な時代さえも。
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