きみに恋していた季節が、巡る。
目が合うだけで戸惑う気持ちとか、全てはあの日の太陽だけが知ってる。
焼けつくアスファルトの向こう、逃げ水の上を行く学生服。
その真隣を歩くセーラー服。
わんわん鳴く蝉の声に会話するのも一苦労で、度々聞き返したり聞き直したりを繰り返している。
だから!と口を尖らせている彼女に話半分に相槌を打つ彼。
「四組の子が一緒にお祭り行きたいんだって、大野くんと!」
「だから、行かねえよ。」
行く行かないの押し問答でかれこれたっぷり七分間、どちらも引く気配はない。
事の発端は週末の町内納涼大会。
どちらも譲らない原因として、他クラスの女子がさくらももこに「大野けんいちと祭に行きたい」なんて頼みこんだこと、そしてそれを彼女が魔法のランプの魔神の如く胸を打って引き受けてしまったこと。
その子の発想として、けんいちと少しばかり仲の良いそこら辺の男子に頼むのではなく、幼じみでしかも物おじしないももこに目を付けたのは正解なのかもしれない。
現に彼の状勢は、思いの外良くない。
「何でよ、何も二人きりで行けなんて言ってないじゃん。私も行くし、たまちゃんや杉山くん達も誘うよ?」
「ますます意味わかんねえよ。そいつは俺と二人きりで行きたくて、お前に頼んで来たんだろ?」
「そうだよ。」
「だよな。それにお前人数増やしたら違うんじゃないのか?」
その子の目的と、と溜息混じりに呟く声は根本的に正しかったし、けんいちはすっかり呆れ返り聞く耳など持つ素振りを止めてしまった。
「二人きりで行きたくて頼んだんだろう、それにお前や杉山達が来たら意味ないんじゃねえの。」
その言葉に一度瞬きしたももこ、自身の初歩的ミスにようやく気が付いた。
「二人きりだと大野くん絶対嫌がるじゃん。だから最悪、私も行くし、そうなれば杉山くん達呼ばなきゃ変なことになるでしょ。」
変なことって何だ、何て完全に愚問だった。
こういう時のももこには何を聞いても意味を成さない、一度乗りかけた舟だとか何とか言って任務遂行に夢中になる。
つくづく世話焼きな奴だと思った。
「お前に頼む奴も頼む奴だよ。そいうこと、さくらに頼む前に自分でどうにかしろよ。」
「直接言ったって大野くん断ってたでしょ。」
「断った。当たり前だろ、好きでも何でもない女子と祭なんか行くかよ。」
「あんたどこまでも硬派だねえ。ちょっとは簡単に考えなよ、だから誰も二人きりで行けなんて言ってないじゃん。ただちょっとさ、一緒にお祭り行く集団に居てくれたら済むんだからさあ。」
ね、と小首を傾げる彼女は粘り強くどこまでもお節介だ。
熱を噴き上げるアスファルトからの風に、背中を一筋汗がつたう。
左に立つももこにも同様、同じ風が彼女の頬を撫で切り揃えられた前髪を過ぎて行く。
それを横目で盗み見ながら、けんいちはこの会話の出口を考えた。
何をどう伝えたら彼女に解って貰えるのだろうか、適した言葉が見つからない、見つけられない。
「お前だったら、もしそんな風に誘って来たのがお前だったら俺、断ってなんかねえよ。」
ふいを突いて零れた言葉に目を丸くしたのは彼女だけではない、けんいちはじわりと首の後ろが焼けるように熱くなる感覚を覚えた。
「何それ。」
何それと呟くももこ、全くその通りだ。
「私だったら、ってどういう意味?」
ガラス玉みたいな黒目が食い入る様にけんいちを射抜く、その視線を痛い程浴びる肩口には自然と力がこもる。
首筋、肩先、背筋、照り返す陽射し、汗が引かない。
「とにかく行かない、行けない。今の意味も、さくらが自分で気付くまで言わない。」
「どういう意味!気になるじゃん!」
信号に阻まれて並んでいた肩も次の瞬間に袂(たもと)を分かつ、青のシグナルに弾かれた様にけんいちはももこを残し先を行く。
熱風を肩先で切りながら、背中には逃げた!と不平を叫ぶ彼女の声を受けながら。
『逃げるが勝ち』
今やっと、けんいちはこの古語の意味を知った様な気がしている。
何も解決していない、ただ今はまだ自分の口から愛を語ることなどできない。
照れ臭いし、その意味すら解(かい)していない。
けんいちは目一杯そこから抜け出し、そして今なおこちらの姿を追い続ける視線を肩越しにひっそりと盗み見たのだった。
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