目が合うだけで心臓が破れてしまいそうだった。
目が合うだけで心臓が破れてしまいそうだった。
さくらももこを左目端に見つけた。
帰りの会を終えて一目散に駆け出した俺達にああ男子は元気だねえ、とババ臭く溜息。
あいつはいつだってそう。
口を尖らせて子供らしくないことをさらりと呟く。
「大野、早くしねえと公園取られちまうぜ!」
杉山に言われ直ぐ様思考がそちらに戻る。
学校を出るのが1分でも遅れ様ものなら隣の小学校の奴らに場所を取られてしまう。
この時間帯が俺達の戦いなのだ。
俺は杉山とサッカーが出来て時々お笑いを見ることが出来ればそれだけでご機嫌な奴。
それ以外に何が興味?と問われてもちっとも浮かばない。
そんな俺、そんな毎日。
「けんちゃん、今日学校どうだった?」
放課後散々遊び回って埃まみれで帰宅すると、決まって母さんはそう尋ねた。
優しい母さん、今日も泥だらけねと微笑みながら直ぐに晩ご飯をテーブルに並べてくれた。
「母さんおかわり!」
掻き込むように茶碗を空にした俺に「はいはい」と、新たによそってくれる。
そして炊き上がったばかりのご飯をまた腹一杯に掻き込む。
仕事から帰った父さんはそんな息子の食べっぷりに目を細める。
「けんいちは育ち盛りだな。」
「1人で2回はお代わりするのよ。」
「サッカーの後は腹が減るんだよ。」
「あら、そう言えば杉山くんのお母さんも言ってた。杉山くんも最近よく食べるからご飯幾ら炊いても足りないんですって。」
母さんはやっぱり男の子は大変ねえと世間話の内容を披露し、俺はふうんと話半分に相槌を打った。
「そういえば、今日さくらも男子は元気だねえって言ってた。超ババ臭い感じで。」
「やっぱり女の子は落ち着いてるわね。」
感心したように頷く母さんに違うなと思った。
「さくらはいつだってああだよ、何かいちいち年寄り臭い。」
「女の子に向かって失礼な奴だな。」
そういう父さんは少し吹き出しそうになっていた。
「本当にけんちゃんは素直じゃないから。さくらさんにもそうやって刺々しいこと言ってるんでしょう?嫌われちゃうわよ。」
そういう母さんは何だかいつもの優しい母さんとは思えず、少しだけ腹が立った。
「さくらに好かれようが嫌われようが関係ないし。」
そう吐き捨てるのが精一杯だった。
母さんは、あらそうと全く気にも留めない様子で笑っていた。
ただ一言。
「でも最近けんちゃん、さくらさんの話ばかり。」
そう聞こえただけでとてもそれ以上、口を開くことが出来なくなってしまった。
そんなことない、と言い返す事すら出来ず俺は手早く食事を済ませ自室へ逃げた。
さくらももこ
それ以来、呪文の様に頭の中を巡るその名前。
見たくもないのに目の端に捕えるさくらももこの顔を、時折眠りにつくその瞬間にすら思い出す。
その時はまだ、ただ原因不明なその想いを知る由もなく痛いぐらいに思い知るのはそのもっと後。
俺の転校が決まって、さくらももこと離れたその更に何年か先の話だ。
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