切り取った夜空には、流れる星すら見えないけれど。
「この部屋から東京タワー見えたんだね。」
冷たいガラスに、赤い頬のさくらが映る。
「そんなの見えるか?」
見えるよ、と口を尖らせるさくらの肩越しに俺は目を細めた。
夜闇に紛れた高層ビルの群れは、昼間の姿からは想像もつかないくらいおとなしく落ち着いている。
「見えたでしょ?」
何がそんなに嬉しいのか、さくらは声を弾ませた。
「見えねえじゃん。」
俺がそう言うと、大野くんの目が悪いんだ!と、さくらはそっぽを向いた。
さくらは以外に短気だ、と思う。
すぐにいじけるし、口をきかなくなる。
二言目には「大野くんの馬鹿」、だ。
だけど、さくらのそんなところも案外嫌いじゃない。
振り回されることですら、ああ、俺は今そんな距離にいられるんだ、と喜びすら沸いてくる。
「俺もすっかりマゾ体質にされちまったよな。」
「何言ってんの、大野君。」
何でもねえよ、とさくらの肩を抱き寄せてみた。
細い小柄な肩の上で、キャラメル色の柔らかなボブヘアが揺れた。
俺とさくらは小学三年のときの同級生だ。
あの頃からもうすでに十年余り。
俺はさくらを傷つけ、あいつは俺の傍から離れた。
生まれて初めて、神様を恨んでみたりした。
俺たちの道が交わることなんてないと思ったし、二度と振り向くこともないと思っていた。
誰かが言っていた。
本当に運命なんてものがあるなら、何度でも繰り返す、って。
本当だ、きれいごとなんかじゃなかった。
俺の隣にはまだ東京タワーが見えた、と遠くを睨むさくらがいる。
一度は離れた俺とさくら。
でも見ろよ、神様。
この狭いワンルームで、手を伸ばせば届く距離にいる。
「あ!ほら東京タワー!」
まだ言ってるし。
さくらに腕を引っ張られ、窓の奥を覗きこむ。
「あ。」
「でしょう?」
遥か遠く、霞むくらい先に確かに飴色の東京タワーが見えた。
自慢気にさくらは俺を見る。
「おまえ、やっぱりすごいな。」
「今さら!」
東京タワーなんて今さら珍しくもなんともないのに、なんだか奇跡みたいに思えた。
それがあんまり綺麗で、さくらは隣にいてくれて。
「あれれ、大野くん。」
「何だよ。」
あれれ、と笑う。
知ってるよ、おまえが笑うのも無理ないよな。
「そんなに涙もろかった?」
「おまえが泣かすから。」
「まるこのせい?」
ああ、満ちていく。
離れていた時間も、幼い過去も全部が満たされていく。
そして涙を拭うと、暖かな夜がどこまでも広がっていた。
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