星が生まれる瞬間、心音に似たシンパシーを発すると昔読んだ本にそうあった。
左耳に強く押しあてられた左胸の鳴る音と、それはよく似ているのだろうか。
そんな事を思い出す程、彼の胸は騒がしかった。
再会した男女が熱い抱擁をする、そんなドラマの様な出来事が実際自分の身に起こっている。
今、けんいちの腕の中ということを漸く理解したももこは、自分の律動も乱れていることを知る。
「大野くん、大野くん。」
「何。」
けんいちの声がこんなに鼓膜を揺らしたのは初めてだった。
「ね、恥ずかしい。」
「だってさくら逃げるだろ。」
けんいちにそう言われてしまえば、それ以上言い返す事は出来ない。
「逃げないよ。だから、」
「いやだ。」
前科持ちのくせに、と大の大人がまるで駄々をこねている。
「人が、見るよ。」
「今度こそ、さくらの気持ちが聞きたいんだ。後ろめたいとか罪悪感とか、そんなの全部なしにして、腹括(くく)れよ。」
懇願に近いその声に、弾かれた様にももこの視界が揺らぎ出す。
張り詰めていた物が一気に弛(たゆ)んで、そして零れていく。
視界の隅で乱反射する街灯がプリズムの様に美しかった。
瞬きなんて出来ない、そうしたら最後、止める事は不可能。
「泣くなよ。」
頭の上でけんいちが呟く。
「泣いてないよ。」
その声が上ずってしまってもお構い無しに、ももこは目一杯けんいちのシャツに顔を押しあて鼻をすする。
きっと今、マスカラやライン、シャドウが溶けだして顔なんて上げられた物じゃない。
しゃくり上げそうになる背中を撫でる掌が、籠もった熱が薫りが、痛いくらい愛しい。
「好きだよ、好き。大野くんが好き。側にいたいよ、いてよ。」
ももこの答えはやはりどこか間の抜けたものだったが、けんいちは笑わなかった。
「うん。」
俊巡(しゅんじゅん)する様に安堵するように、けんいちが溜息を吐くその合間でももこの背中を抱く腕に力がこもる。
「一緒にいよう。」
一緒にいよう。
優しく痺れる様なその言葉を、ももこはけんいちの心音に揺られながら焼き付けた。
幾つか星が流れて、地球の輪郭をコロナが照らす。
それを繰り返した向こうにけんいちが居る。
地球上の恋人達はそうやって日々を紡いでいく。
涙は止まらないし、胸の奥はやはり僅かに痛む。
それでも、今満たされていた。
言葉にならない黄色い気持ちであふれていた。
風が凪(な)いだ海の様に、2人は穏やかな気持ちで互いを見つめていた。
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