今日も自転を繰り返す星の上で、きみと手を繋ぐ。
胸を裂くような夜、焼き切れてしまいそうな別れ。
きみを巡るその全てを抱き締める。
桜前線が急激な北上を見せたのは、けんいちが東京に戻って来たおよそ2日後。
通勤の道々には、蕾だった花弁が間もなくたわわに開く気配がそこかしこにあった。
今朝の天気予報では花粉の注意を促していたが、この陽気を見ればなるほどと頷ける。
路肩に止めた車内からは、フロントガラス分だけ切り取られたオゾンが高く高く澄んでいるのが見える。
薄く弧を描く雲の切れ間に、水空が覗く。
雲1つない、これを蒼天というから日本語は美しい。
そう言ったのは、彼女。
けんいちの記憶では、学生時代テストの点数はそこまで奮(ふる)わなかった彼女だったが、中々粋な言葉を知っていて関心させられた。
確かに、と口の中で呟いてみる。
燦燦と注ぐ陽光に、けんいちの胸の片隅がざわめく。
ふとした瞬間にこの胸を駆け巡る彼女の人となりが、未だにこんなにも苦しくさせる。
心地よくて愛おしくなるような、苦味。
時に愛らしく時に憎らしく、こんな鮮やかな想いがこの世の中に存在していたのかと、ただただ驚かされていた。
きっと今だから。
今の自分達だからこその手触りである。
昨晩の彼女とのやり取りを思い返してみる。
仕事は相変わらず忙しなくも順調なようで、電話の途中でいくつかの生返事を繰り返していた。
あれだけ熱烈に愛を打ち明けても、ふたりの距離感は相変わらず。
それこそが、ふたりで居たい所以(ゆえん)である。
そこに彼女が彼女として存在していて、彼女の暮らしを紡ぎ、けんいちはけんいちとしての暮らしを積み重ねて。
その先にお互いがいる、そんな日々。
久しぶりに訪れた休日に、出かけようかと誘ったのはけんいち。
行き先は薄々気付いてはいたが敢えて尋ねてみると、やはり裏切らない回答だった。
けんいちは、前もって登録しておいたカーナビの目的地を呼び出して設定した。
元々、段取りが悪い方ではないのだ。
フロントガラスに降り注ぐ陽気に目を細め、コンビニの先の角からこちらに向かって来る人影を見つめた。
日射しを受けて煌めくあの紅茶色のボブヘアがあまりにも綺麗で、何とも不思議なのだが、その光景に愛と言う言葉を無性に重ねてみたくなる。
そして、そんな彼女が笑顔でこちらに手を振っているから。
そう、例えば今日という日が穏やかだから、感嘆にも近い溜息を1つ。
彼は、深く大きく吐いた。
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