6.苦い二律背反。


瞬く間に訪れた土曜日、洗面所の前で少し跳ねた右側の髪の毛を指で2、3度梳いた。

こんな日に限って髪の毛のコンディションは芳(かんば)しくない。

指先を冷やしながら顔を洗い、土曜朝のローカル情報番組を流しながら鏡の前に座り込むと、漸く携帯のアラームが鳴り響いた。

携帯の故障ではない予定通りぴったり定時、ももこが布団を出たのが早かったのだ。


昔からそうだった。

何かのイベントの前日は中々寝付けず、そのくせ目覚まし時計の鳴る10分より前に目が覚めるのだ。

何とも現金な体、親兄弟はそう言ってももこをからかった。

その余裕が出来た分だけ、いつもは1度流すだけのマスカラを2本使い分け、引かないアイラインも引いた。


ネイビーのショートパンツにはお気に入りの黒のスモッグブラウスを合わせたし、タイツは卸したてを用意した。

無意識で肩には力が入る、それは玄関でショートブーツに足を入れる瞬間まで続いた。

けんいちはデートの誘いだと肯定もしなかったし、否定もしなかった。

ただ、うん、と一言頷たっきりでその後でももこはやっと手帳を開き週末の予定を確認した。

とは言え今のももこの週末に外せない予定がある訳でもなく、とりあえずと翌週末の土曜が暇だとけんいちに告げた。

じゃあ、その日11時に迎えに行く。

そうあっさりと予定は組まれ夜も遅いのにごめん、と再び謝ると彼は電話を切った。

無機質な機械音が鳴り止まない中、何1つ実感が湧かないまま何か重要な事が決まってしまっていた。

ももこは夢に違いないと手帳の件の日付には11時、とだけ書き込んだ。

けんいちもそれから電話を寄越す事はなく、昨夜も互いに連絡を取って確認する様子もなかった。


こうして不安8割で迎えた当日、約束の20分も前に家を出て5分もすると車も停まれる国道に着いてしまった。

風は連日強く吹いていたが、そのおかげで雲が晴れて空が高かった。

等間隔の枯れた街路樹を横目に信号を渡りぽつぽつ歩いた。

時折枝を透ける陽射しが眩しく、暖かい。

何だか足元がふわふわしている。

ドライブ日和の国道は俄(にわ)かに流れが鈍い。

それを目の端に収めながらももこはそれを更に下る。

すると1台、側道に寄せてきた車が実に控え目にクラクションを鳴らして、ももこの1メートル先で停止した。

淡い陽射しに滲むペルラネラブラックのコンパクトカー。

それを横切る寸前で左側の窓が開きおい、と声を掛けられそちらに首を向けると、右のシートからこちらに身を乗り出す様な姿勢のけんいち。

「お前、うろちょろすんな。いたと思えば、ふらふら歩き回るし。」

そんな粗野な物言いをしながら眉間を潜めるけんいちに反して、ももこの胸は騒つく。

「乗って、案外ここ交通量多いし。」

促されて乗り込んだ左側、勢いよくドアを閉めれば直ぐ様アクセルを踏み込み合流していく。

流れに乗りスピードも徐々に上がると、そこでやっとももこは口を開いた。

「おはよ。」

「おはよう。」

「迎えに来てくれてありがと。」

「いいえ、結構待った?」

「ううん、ちょうどいい感じ。」

ナイスタイミング、と無駄に膝を打つがけんいちにはふうん、とかわされる。

「ね、大野くん、車違う?」

前のごついでかい子は、と尋ねると真正面を向いたままの彼が、替えたと答えた。

それは見れば分かる。

「なんで?」

今乗っているのは、以前に比べると随分コンパクトなそれ。

「うん、丁度車検来てたし。都内走るならやっぱこれくらいが丁度いいかなって。」

「格差社会。」

「強いて言うなら、実力の差かな。」

げ、とももこの悪態にけんいちは口の端を持ち上げた。

以前よりずっと近くにある彼の肩、車内の温度は適温だ。

カーステからはマルーン5のヒットナンバー、she say good-bye以外の歌詞の内容は解らない。

こんな距離でけんいちを見たのは何時ぶりだろうか、然程(さほど)昔ではないのに懐かしさにも似た感覚に捕われた。

フロントガラスから燦々と射し込む明かりが、ハンドルを握る手の甲に影を落とす。

「なあ、さくらお腹減ってる?」

右にウィンカーを出しながらけんいちが尋ねる。

「減ってるといえば、」

「減ってる?」

遮る様な声に半ば恨めしそうにしてみせれば酷い顔なんて返される、随分な扱いだ。

「先に飯食おうか。」

「うん、中華が食べたい。」

間髪入れないももこに一瞬けんいちが怯(ひる)む。

「それって横浜行きたいって事?」

違う、と口を尖らせると信号待ちの波に阻まれる、ハンドルに置いた掌に顎を乗せ前を向いたままのけんいち。

隣の車はじわじわと前進している。

「行く?」

横浜中華街。


多分そこで、今日初めて彼と目が合った。

この時のももこの驚き様と来たら無かっただろう、それなのに彼はやはり至って冷静なのだ。

それじゃあ本気でデートみたいじゃん、と喉元まで込み上げたが口を吐(つ)いて出ることはなかった、声すら出なかった。

HUG HUG HUG

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