5.苦い二律背反。


目が冴えて一向に寝つけない。


ももこはもう既に4度目の寝返りをうった。

向いた先に転がる携帯のディスプレイを点けると午前1時38分、眩しいくらいのLED。

決して起床時刻が遅いわけではない。

稀に体がくたくたに疲れているのに頭が冴えて寝つけない日がある、今日がまさにその日である。

原因は分かっていた。

就寝前にふと過ったのは子供を授かった親友、相手の子との結婚に向けて具体的な話合いが進められていると連絡が来た。

聞いたばかりの時は戸惑いばかりが大半を占めていたももこにも、1日2日と置けば気持ちの尺にも余裕が出来た。

そこから枝分かれした思考はたかしとの記憶を手繰りよせ今度は僅かに沈み、そして結局着地したのはけんいち。

結婚なんて自分にはまだまだ先で、だからといってたかしとの事は通過していく付き合いとも完全に割り切っていた訳ではない。

一緒に歩んでくれる存在として申し分はなかった。


いつかもしも。

そこへけんいちが現れるなど、半年前まで誰が予想していただろうか。

最近のももこは専らこれの繰り返しで1番新しい記憶の彼が車を操るその右手や、いつしか染み付いた煙草の薫り、そんな更新されることのない光景を幾度となくスライドさせていた。

そのくせ自ら連絡を取ることだけは非常に躊躇われる、とことんどうしようもなかった。

年ばかりを重ねて肝心な部分は1つも変わらない、誰が見ても聞いても答えは1つしかないのに。

あの日たかしは素直になった者勝ちだと言っていた、あれ程優しくももこに引導を渡したのも彼くらいのものだ。

決まっているそれにすら素直に頷けない、そんなももこを嗜める人など今は誰もいない。


そんなももこの携帯が部屋中に鳴り響いたのは午前2時、表示された着信番号に慌て、思わず携帯を落としてしまいそうになった。

そこにある名前が大野けんいちでなければこれ程驚きはしなかっただろうし、携帯を見つめたまま躊躇うこともなかった筈だ。

たっぷり20秒、ディスプレイを見つめ留守番電話に切り替わるその直前で通話ボタンを押した。

『もしもし。』

けんいちの声が飛び込んで来た。

それは約ふた月ぶりのけんいちの声、仕事で再会した時以上に鮮明に確実にももこの動悸を責めぎ上げ、何一つ言葉に出来ないくらい心臓は焼ける程熱かった。

緊張の余り震えそうになる喉元をぐっと堪えてもしもしと発した声は、きちんと彼の耳に届いたのだろうか。

『さくら、寝てた?』

お前寝てたよな、と半ば申し訳なさそうなけんいち。

「起きてたよ。」

すっかり馴染んだ橙色のルームランプを眺めながら、ももこはやっとの思いでそう返した。

真夜中の自室には互いの声だけがしんしんと響いた。

『起きてたの?』

「起きてたといえば起きてた。」

『何それ。相変わらず意味わかんねえな、さくら。』

相変わらず、再会したけんいちの口から幾度この言葉を耳にしただろう。

呆れたように懐かしそうに、だけどその声はいつだって優しく今やそれだけで、ももこの鼓膜は痛い程だった。

「大野くんこそ、どうしたの?」

いきなりだったから驚いたと言えば電話越しに彼が一瞬、言葉を選ぶ気配がした。

『いや、さくらさ。正月来なかったろ、風邪だったって聞いてさ。』

大丈夫かと思って。

「え。大野くん、わざわざそれで?電話くれたんだ。」

風邪なんて気が付けばもう半月近く前の話で、今ではすっかりいつもの日常。

電波の向こうにいるけんいちからの意外な労わりと、風邪だった事を最近知ったと、そのぶっきらぼうな声に自然と口元が緩んだ。

「ありがとう。今はねもうすっかりいつも通り、まだ正月気分が抜けないけど。」

『うん、さくら抜けるの遅そう。』

「はいはい、うるさい。」

中身のない会話はそれでも大きく弾み、ももこにはやっぱり心地よかった。

『ごめんて。そうださくら、今月さ空いてる日飯行こうぜ。』

それは思いがけない彼からの誘いで、ももこは自身の耳が都合良く機能したのではと疑った。

ところが彼の声は至って堅く、からかっている素振りは微塵もない。

「来週なら早く上がれるから、来週なら。」

手帳も開かず、今度は暗転したテレビの液晶を眺めながらそう答えた。

『あ、違う、平日じゃなくて。』

週末の話、それはけんいちの声。

「え、休みの日?」

『そうだよ。土日どっちでも、さくら空いてる日、1日でいい。』

「えっと。」


ももこは言う、恐々と自信も無く。

「それって、なんか。デートみたい。」

彼ならこう言うだろういつもの様に呆れて、図々しい奴、と。


『うん。』

その優しい声はただ一言だけ、そう呟いた。

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