1.彼女の恋人。

けんいちと食事をした晩の彼の顔が頭を離れない、驚き過ぎると人はきっとああいう顔をするのだ。

許容範囲外、まさにそれだった。

ももこは恋人の話をしたら驚くかな?なんて多少は色々想像していたけれど。

あの日のけんいちのリアクションは想像以上だった。


あの日の出来事を反芻させながら、今は8畳1DKの自室で1人、剥がれたペディキュアの手入れをしている。

ずぼらなももこはそれを1度全部除去せず、剥がれ落ちた部分にだけ色を乗せた。

今の彼氏は笑いながらそんなももこの姿を見つめている、そんな人。

オープントゥやサンダルから見えても恥ずかしくない品の良いオレンジパール系のネイル(ネイルはポール・ジョーと決めている)、両足全部で10本の手入れを済ませた。

剥がれたネイルのメンテナンスをしたり明日の弁当を簡単に拵(こしら)えたり、新しいテレビドラマを必死にチェックしたり(ただ実際始まると必ず1話を見逃す)、たまにネットをサーフィン。

平日の夜は概ね、そうして過ぎて行く。


今の彼、たかしはももこの幼なじみだ。

とは言っても東京に出て来てからは同郷のよしみという間柄が何年か続き、2人で会うことなんて皆無。

メールのやり取りも杉山達が何度か催した同級生達での食事会の件で用件を伝えたりとその程度だった。

食事会が開かれた2回の内、たかしは1回顔を出した。

高校も別々だった彼を同級生達は本当に久方ぶりだと迎え、彼もみんな覚えてる?とおどけて見せた。

その時のももこは、たかしの表情から昔の面影を見出だそうと探るので必死だった。

それ位彼は大人になっていたのだ。

黒目がちの瞳だったり笑った時の八重歯は確かにあの頃のままだった。

ただ一旦言葉を交わし始めるとすっかり打ち解け、仕事の話から世間話から次から次へと会話が弾んだ。

当時のももこは仕事で完全に行き詰まり恋愛ベクトルを向ける余裕もない状態だったにも関わらず、たかしとの会話はとても居心地の良いものだった。

2人で会うようになったのはそれから。

たかしは表参道に小さなドッグカフェをに構えていて、犬を飼っている訳でもないのにももこは度々そこへ足を運ぶ様になっていた。

周りは愛犬連れの若い女性客やカップルばかりの中、ももこはいつでもロイヤルミルクティーを頼みカウンター席で1人大通りを行き交う人々を眺めた。

スティービー・ワンダーをカバーした女性ボーカルのBGMに(たかしに誰が歌っているのかと聞いても、さあ誰だっけ?)、間接照明の効いた少し手狭な店内で時折たかしと会話を交わす。

何だかそれだけで悩んでいた事が嘘の様に晴れたのだ。

強いて言うなら。

「パワースポット的な感じ。」

1度たかしにそう言うと、超大袈裟と笑われた。

でも、確かにももこにとってはそうであることをとことん主張すると「下手なお世辞より嬉しい。」と、たかしは言った。

飾らず気取らず相手を緊張させないそんな空気を持つたかしに、ももこの気持ちが少しずつ向かったのは言うまでもなく、気付けば2人でいることが当たり前の様になっていた。

どんなに仕事でささくれ立ってもたかしを想うと少しずつそれが抜けて行くのを感じていた。

温かに灯るようなそんな恋人。

そうこう考えている今でもじんわりと滲む。

平日に会えない分こうしてどっぷり相手に想いを巡らせる。

社会人の恋愛とはそういう物なのだと、これはたかしと付き合い始めてから感じたこと。

ネイルを整えたり眉の手入れをしたり、一通りの身繕いを終えて鞄から手帳を取出し眺めた。


明日はけんいちの会社を訪問する日だった。

けんいちの会社との打合せも明日を入れて2回といった所だろうか。

そもそも担当はけんいちではないので明日は広報担当者との打合せで彼は居ないだろう。

そうだろうと思いながらも、クローゼットを開いて何を着ていこうとぼんやり巡らせた。

もしも仮に明日けんいちが同席したとして、彼はももこを見てやはりまだ戸惑った様な顔をするのだろうか。


あの夜のけんいちの表情がももこの脳裏を過り、浮かんでは消え浮かんでは消えていった。

HUG HUG HUG

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