7.東京、ときどき大阪。


ももこと待ち合わせた駅ビルは平日の晩にも関わらず大賑わいだった。


けんいちは同じ様に待ち合わせている人達を右から左に眺めた。

刺すような風に横っ面を一撫でされて首を竦める。

道行く人々の繋がれた手だったり抱き寄せた肩なんかが、今は何だか羨ましく思えた。

雑踏に混じって巨大なビジョンからは最新のJポップが流れていて、それを一度見上げた後に胸ポケットから携帯を取り出した。

会社を出たそのすぐ後にももこからの電話。

絶妙なタイミングで彼女は自分の仕事も今終わった、という事とこの場所を指定して慌ただしく電話を切った。

こうして何度か言葉を交わすと、やっぱりももこは相変わらずだった。

再会してすぐは仕事相手ということもあり全く別次元な彼女を目の当たりにしたが、おっちょこちょいな所や若干落ち着きが足りないのは今に始まった事ではない。

掌の中が小さく震えてディスプレイを見るとももこからの着信が来ていた。

「はい。」と通話を押して耳に当てると『どこ?』と唐突に尋ねらる。

「不躾にどこ?って聞くなよ、色気ねえな。もしもしくらい言え。」

『どうせ名前表示されるんだし平気でしょ。もしもしくらいって。細かいなあー。』

それに色気は関係ありません~、などのたまうももこを遮って、けんいちは自分の居どころを伝えた。

『あ、見つけた。』

そう受話器を通した声と後ろから聞こえて来た声は同時だった。

日中見たばかりなのにすごく久しぶりに思えるももこが、そこにいた。

「お疲れさま。ごめんね、待たしちゃって。」

携帯を上着のポケットに仕舞ながら彼女は駆け寄った。

「お疲れ。もっと待つかと思ってたから、案外早かったな。」

「ミーティング長引いちゃってさあ、参ったよ。」

やれやれとため息を吐くももこに、すかさず年寄りかと突っ込んだもののその声は彼女には届かず、既にけんいちの前を歩きながら店を決めあぐねていた。

「大野くんは、何がいい?」

「さくらは?」

「ねえ、ちょっと私が聞いてるんだけど。もういい、今日はわたしの行きつけにしよう。」

「なんだ、もう決まってたのかよ。」

微塵も色気のない小気味のいい応酬が、けんいちの胸を騒つかせる。

ももこに促されるまま駅裏の高架下、赤提灯の店に2人入った。

サラリーマン風情のけんいちすら年若いだけで少しの違和感を覚える店内で、ネイビー色したサテン地のスモッグワンピースを身に纏ったももこはとてつもなく浮いている。


そこは立呑屋で、扉を開くやいなや10名も収まらないような店内に数人の中年サラリーマン。

カウンターの中にはやっぱり中年の店員が威勢よく声を掛ける。

ももこは勝手知った様に店の一番奥、カウンターの隅に行くとテーブル真下のフックに自分のカバンを掛け、その横に作り付けられた台に上着を置いた。

手慣れたももこの一連の動作に、けんいちはただただ呆気に取られていた。

「なあ、まさか常連?」

「常連てほどじゃないよ。週2で来るか来ないかだもん。」

なるほどそりゃあ手慣れる訳だ、と納得している隣でももこはてきぱきと注文を告げる。

大根と鶏肉を煮染めた御通しを受け取り、お互いの前に生ビールの中ジョッキが置かれ「それでは」と畏まりながらももこがそれを掲げた。

「お疲れ様。」

そう笑いながらジョッキが小気味良く鳴り響くと、けんいちも同じ様に笑いそれを傾けた。

白い泡がみるみる吸い込まれて身体中に巡っていく。

一息吐こうとグラスを置くと、ももこのジョッキの中身が空っぽになっていたからけんいちは口を噤んだ。

サラリーマンの憩いの場が彼女に非常に似合っていたからけんいちは思わず「まじでおっさん」という言葉を飲み込んで、何さ?と怪訝な顔を見せるももこにいやあと曖昧に笑い返した。

可笑しい、 至極可笑しい状況だった。

しばらく振りの再会にも関わらず、けんいちとももこの間にある空気は不思議と昔のままだった。

むしろ、あの頃より濃密なように思えた。


「あ、聞いたよ大野くんー。むちゃくちゃ可愛い年下と付き合ってるんだって?」

そんなももこの問いかけがとても唐突だったので、けんいちは何が?と聞き返してしまった。

にやつきながら、完全に出歯亀根性丸出しであることは言うまでもない質問だった。

「いやいや、何がって、ちょっとあんた相変わらず鈍いね。杉山くんに聞いたよ。」

「杉山に会ったの?」

「この間たまちゃんと電話してたら急に横は入りして来てさ。そん時にちょろっとね。」

うわ鬱陶しい奴、とけんいちが舌打ち混じりに呟くと同感だと言わんばかりにももこも頷いた。

「大野くんと付き合う子って、さぞかし可愛いんだろうなあ。」

「何それ。」

鳥軟骨の入ったつくねに箸を入れながらももこの言葉に呼応する。

ただ少し、自分のその返し方がつっけんどんな気がして言葉が続かなかった。

けんいちが割ったつくねをももこはすかさず箸で摘み、自らの口に放り込む。


「さくらは、いるの?彼氏。」

努めて柔らかくそう来たらこう返す、の定義でけんいちも尋ねた。

ももこはつくねを口一杯頬張りながら「うん。」、とだけ頷いた。

それは肯定なのか否定なのか疑問符なのか、とりあえず彼女は「うん。」とだけ頷いた。

「たかしくんだよ。」

口の中の物を飲み込んだ後、彼女はそう言った。

ももこはけんいちの目をしっかりと見ている。

「え?」

「私の付き合ってる人、たかしくん。」

たかしって?とけんいちの顔には書いているのだろう、ももこは眉尻を下げた。

「小3の時、同じクラスだった。たかしくん。」

彼女が心底優しい目をして微笑むものだから。

そんなももこから目を逸らさずにいることが、けんいちの精一杯だった。

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