おれときみの、それから。
久しぶりに会った旧友と、先月母親になったさくらの話をした。
「女々しい男ね平岡、相変わらずだわ。」
都心を少しだけ外れたそのダイニングバーで、高飛車な口調だけはそのままに、旧友の携帯には生まれたばかりの我が子を抱くさくらが写っていた。
少しだけ丸くなった輪郭と、初めて見た小さなその輪郭が本当によく似ていて笑えた。
「可愛いいわよね。さくらさんがお母さんなんてね。」
信じられない、と息をつく横顔は誰より嬉しそうに見えた。
「城ヶ崎が母親になったら、俺が写真でも撮ってさくらとそんな風に言ってやるよ。」
「子どもが生まれたとして、平岡には教えてやらないわ。」
城ヶ崎ならきっとそうだろう、と思う。
結婚しても俺を式には呼ばず、人づてに耳にするのだろう。
さくらのことが好きだった、本当に本当に好きだった。
愛しいだとか、そんなチープな表現しかわからない自分が歯がゆいほどに、誰よりも好きだった。
ランドセルを背負っていた頃の俺からは、想像もつかないほど。
俺も、さくらも、さくらの愛する彼も、城ヶ崎も。
過ごしてきた時が、長すぎたのだ。
もう悲しくはない、さくらが自分以外の誰かを心底愛しても、想っても望んでも叶わなくても。
彼女が築くこれから先、俺を思い出して笑ってくれなくても。
俺はさくらを好きだった青い自分を思い出して、きっともっと生きていけるような気がしている。
「さくらさんに出産祝いくらい包みなさいよ平岡、独身貴族なんだから。」
それは城ヶ崎だって同じだ。
「私、嬉しくてお祝いはたっぷり包んだわよ。」
飴色のウェービーヘアを惜し気もなく揺らしながら、城ヶ崎は言った。
彼女ならきっと、本当にさくらが困るくらいの額を渡したのだろうと思う。
「笑って、満面の笑顔でさくらさんにおめでとう言ってやりなさいよ。」
平岡の気持ちはちゃんとわかってるんだから、その言葉が何故だかしんしんと胸に響いた。
「うん、そうだな。お祝い包んで持って行くよ。」
さくらの生んだその命を見届けよう、誰かを愛するのはそれからだ、と思った。
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