SILVER

賽は投げられた。

なぜ、どうして。
それを知ることが出来たら、生きることはとても容易いのに。

社内のフロアで見つけた淡い花柄のワンピース、暖色系の水彩画の様な今シーズンのトレンドに乗っ取ったそれ。
可もなく不可もないそれを身に纏っていたのが彼女だと判った瞬間、それは可になる。

「何だそのお姫様みたいな格好。」
取っ捕まえてそう言うと、たっぷり溜めてからはあ?と言う顔になる彼女。
「先輩て。何でそんな事しか言えないんですかね、いい歳した男が。」
こちらからの10の問いかけに100で返す、これが彼女の専売特許だ。
はあ?なんて、これが年頃の娘のリアクションか。
正直、そんながさつな物言いをする女なんてちっとも好みではないのだ。
それを彼女は、何の躊躇いもなく吐き付ける。
「超トレンド先取ってます、って感じ。」
「ええ。24歳、独身、OLですからね。」
愛読書はCanCamですが何か?とまで付け加えた。
明らかに柄でもないくせに。
「お前本当可愛げないのな、山田かよこ。」
「ちょっと!フルネーム!他の部署では今日も明るくて可愛いね、って言われてるんです。」
おいおい、どんだけお世辞なんだよ。

会社勤めも3年ほど経った春、入社して来た彼女は真っ先に同じ部署の後輩になった。
山田かよこ。
こんな平凡な名前多分近年では逆に稀、そんな所の第一印象。
慣れないヒールにちょっと強張った笑顔、どこにでもいる普通の新社会人。
特にこれといって興味も湧かない、そんな彼女だった。
唯一その名前の親しみ易さから、からかう様に呼べば一々返して来るのが面白かった、ぐらいの程度。
それから、彼女の彼氏の話を飲み会でちらほら耳にはしたが(山田の彼氏話なんて毛頭ないのだ)、それもこれといってという具合で興味をそそられる事もなく。

山田かよこは、声を掛けると少しだけ嫌な顔をする様になった。
そんな顔をさせる程、特別良く思われたいとか格好良く振る舞いたいという気持ちすら忘れるくらいに、彼女の前での自分の態度は砕けていった。
それを強く意識する様になったのは、当時付き合っていた相手が藤原紀香似の美人(周りがそう言うのだからそうなのだろう)だったから尚更、全く逆路線を突き進む彼女との応酬は何だかとても心地良かった。
そんな山田が、いつもみたいなやり取りを明らかに煙たがった瞬間があった。
地元の友達が結婚するという時、どうやら初恋の彼だったらしい。
自分の彼氏と別れた時ですらそんな事微塵も見せてはいなかったのに、その時ばかりはどうやら違った。
上の空で気を抜けば1人、トイレかどっかで泣き出してしまいそうなそんな山田かよこを見たのは初めてだった。
昔昔のまだ子供の頃の恋に涙する山田かよこという女に、その時ようやく酷く興味が湧いた。
同時にこんなにも知らない一面を持っていた山田かよこに苛立ちすらも覚えた。

そこからは光が駆け抜けるよりは遅く、石ころが坂道を転がるよりも早くあれよあれよと言う間に彼女から目が離せなくなった。
藤原紀香似の彼女とは徐々に疎遠になり、山田かよことの距離を縮めたくて必死だった。
実に滑稽だ。
キャリアでスタイルはモデル並みで絵に描いた様な美人を溝(どぶ)に棄てて、何故名前も体型も見た目も平凡な山田かよこを追い掛けているのだろう。
そんな自問自答、彼女の前では今日も無意味なのだ。

「私先輩みたいなタイプ、多分会社の先輩じゃなかったら絶対にお知り合いになってなかった。」
「それだけでも収穫だな。この会社入れて良かったな。」
「早く異動とかしたらいいのに。」
「異動とかしても無理じゃない?」
「何がですか?」
「俺が異動したら、寂しくて泣いちゃうだろ、山田かよこ。」
「最悪、意味わかんないですね。」
ああ、なんて心地良い。
ただの軽口が永遠になればいいと、こんなにも誰かの薬指を独占したいと思った事が未だかつてあっただろうか。
なぜどうして。
それがとても無意味なことだと思える位、漠然とした自信が満ち溢れる。
これが、人間のシックスセンスなら大した物。

「本能的直感なんだから、仕方がないよな。」
山田かよこの顔はやっぱりはあ?みたいな。

多分、だから。
その左手にシルバーリングを嵌めてやるまで長期戦は覚悟だと、確かに腹を決めたのだ。

HUG HUG HUG

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