ずるくて悲しい、それでも愛しい。
好きだなんて、認めたら苦しくなるでしょう。
だったら鈍くならなきゃ、自分の気持ちにも、あの子の視線にも、彼の気持ちの機微だって。
小さい頃からいつだって守られていた。
父に、母に、姉に祖父母、ときには彼に。
それが当たり前じゃないんだと、私が気付いたのはもう大分時が経ってからだった。
私は地元を飛び出し、夢にも見た大都会に目がくらんでいて目先のことばかりになるのは私の悪い癖。
それを嗜(たしな)めてくれる人もいなくて、ますます自由だと思い違えていた。
その結果多分、いえ、きっと本当に沢山の物をなくしたり見落とした。
高校三年の冬、珍しく暖かな祝日に幼なじみの花輪くんが卒業したらオーストリアに留学すると耳にした。
花輪くんは学校の廊下ですれ違うたび、言葉を交わすたび物憂げに私を見つめていた。
あの薄茶の瞳が云わんとしていることを、私は知っていた。
だけどそれを聴いても、伝えられても私は彼の思うようにはできなかったし、意識の違いで気まずくなることを恐れてしらを切り通した。
それからほどなくして、予定通りに彼は日本を発った。
花輪くんを乗せた飛行機は西の空に小さくなって、やがて見えなくなった。
最後に握り返された私の左手には、彼の甘いフレグランスだけが残った。
「さくら、本当はお前。花輪の気持ち気付いてたろ?」
やっぱり幼なじみで私の恋人は、どうしようもないくらい真剣な眼差しで問いかけた。
曖昧に笑って、はぐらかして。
だって、そうするしかなかったんだもん。
花輪くんは優しい。
優しくて、柔らかで私を傷つけることは死んでもしないだろう。
正直、そんな花輪くんじゃあどうしていけないんだろう?と、自分自身に問い掛けた日もあった。
「さくらくんは。童話みたいだ。小さい頃から欠かさず手元にあったはずなのに、それなしじゃ生きていけないみたいに思っていたのに。少し知恵がついて、心が強くなると手放さなくちゃいけなくなる。」
ずっと手元にあったって、誰も咎めたりはしないのにね。
花輪くんはそう笑っていた。
「さよならフェアリーテイル。」とも。
それは小さな小さな僅かな痛みになって、小骨のように私の心を突いた。
あれからいくつもの冬がきて、私を守る物はつらつらと消えていき着のみ着のままで生きていくすべを私は覚えた。
変わらない誓いの左手の薬指だけが、私を守っていてくれた。
だけど洗濯物のはためくベランダで、まだ乳臭い頬に。
今でもふ、と。
花輪くんのあの言葉を思い出す。
「さよならフェアリーテイル。」
いつか私の子もそんな風に、誰かを想う日がくるんだろうか。
その時はどうか、どうか。
あの頃の私のような、ずるくて悲しい嘘はつかないで。
「さよなら。」
小さく呟くと、風が西から吹いて私の髪を舞いあげていった。
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