うそ、気付いてるだろ?
窓から眺める景色に、真っ白な雲が加わる頃。
おろしたての夏服に、レモン色の太陽が反射する頃。
それは、きみに恋をする頃。
入学式、始業式、クラス替えだなんだと桜の季節はあっという間に過ぎた。
校庭にはもう蝉の声が響いている。
体育の時間がだんだん鬱陶しくなってくるのも、ちょうどこの時期だ。
生ぬるい午後の風に、机の上のポカリが汗をかいている。
五限目の英語がどうしようもなく眠い。
杉山さとしは頬杖をつきながら、器用にひたすらペンを回し出す。
眠気と湿度の高い風に煽られながら、ハンドボールをする生徒達をぼんやり眺めた。
教卓に置かれたラジカセからは、やたらと丁寧な英会話が流れる。
正直、こんなに一語一語丁寧に話す外国人がどこにいる?と、さとしは思っていた。
仮にこれが“生きた英語”だったとしても、自分の将来に必要なものだとは到底思えなかった。
「杉山、今のを訳すと何だ?」
そんな屁理屈を並べている間に、教師のご指名がかかっていた。
慌てて教科書に目を落としても、もう遅かった。
必死でわかる単語を拾って繋げてみた。
「ボブは、タコが食べれません。」
教室の所々から、笑い声がした。
教師はニコリともしない。
「杉山、次当てて正解するまで起立したままな。」
これだから、英語は嫌いなんだ。
と、さとしは内心舌打ちした。
そんな斜め前で、親友の大野は丁寧に黒板のボブの会話を書き写していた。
男のくせにやたらと綺麗で、どこか神経質な大野の文字がつらつらと並んでいくのを、まだ立たされたままのさとしは見つめていた。
おろしたての夏服の白が、日差しに反射して水色に光っている。
親友の大野が同じクラスのさくらに片想いしているのは、もうかなり有名な話だ。
気付いていないのは、おそらく当の本人達だけ。
大野がさくらに相当熱を上げていること、さくらが想像以上に鈍感なこと。
この奇跡が相まって、結局は周りだけが公認の状態になってしまっていた。
正直、さとしには理解できなかった。
大野といえば、本当にモテる。
学年を越えて、ありとあらゆるところからお声がかかっている。
それに比べて、さくらといえば。
学年一のちびで、おっちょこちょいだった。
未だに放課後、男子に混ざって買い食いしてるし、食い意地だって張っている。
それがまたどうして、どこがいいのか。
さとしは大野に聞いたことがあった。
『だめだって思ったんだよ。さくらじゃなきゃ、嫌だって思った。』
本当に突然、カミナリが墜ちるみたいに。
「なんだ、それ。おまえは聖子ちゃんか」
と、さとしは笑い飛ばしたけど。
曇ることなくはっきりそう答えた大野が、なんだかさらに逞しく見えたりした。
カミナリが墜ちる。
そんな経験、もちろんさとしにはない。
多分クラス中を探したって、誰もそんな人いるはずがない。
教卓の一番前の方で、小さな背中が揺れている。
あんな場所で居眠りできるなんてどれだけ神経が太いのか、まったく大野はさくらの何がそんなにいいのだろう。
と、やっぱりさとしは思った。
いつの間にか山裾から、真っ黒な雲が湧きだし始めていた。
「カミナリ鳴ってら。」
さとしは窓の奥の奥を見つめた。
いつか、耳元でカミナリが鳴る日を夢に見て。
さとしはけだるい雨の匂いに、1人息をついた。
0コメント