きみと銀河の片隅で。

誰とも似ていない、たったひとりのきみへ。

今宵の月は満月で、さらに月と地球が近付くスーパームーンの夜だと知ったのは昨晩見たネットニュース。

地球と月の間の楕円軌道上、最接近する。
七夕のベガとアルタイルがよろしくするそれにも似ている様で、割りかしロマンチックな出来事が好きだったりするももこの気を漫ろにするには充分だった。
すかさず都心の今晩の天気を確認すると、星マークが二つ。
どうやら天体ショーには打って付けのようだ。
そういう事ならなるべく早く帰宅しなくては、何でもない水曜日の一年に二回あるかないかの宇宙のハッピーイベントだ。

これはビールに餃子だな、なんて今宵の晩酌に思いを馳せ俄かに鼻歌混じりに手早く帰り支度を始めていく。
何かに託けて日々を楽しむことは、ももこにとっては朝飯前だった。
ともすれば無味乾燥になりかねない時間も、自分なりに色付けしながら味わっている節がある。

帰路に着くその直前、スマホのディスプレイを確認するとメッセージアプリからの通知がひとつ。
『残業ですが、9時には帰宅したい。』
絵文字もスタンプもない簡素さだが、一刻も早く切り上げたい、という強い意志は感じられる。
メッセージの相手は、寝食を共にして長い恋人。
文面からも伝わらる、彼の負けん気のようなものが何だか可笑しかった。

実際、この彼はかなりの負けず嫌いである。
例えば家事の分担にしても、どちらかが早く帰宅出来た方がやればいいやとゆるい協定を組んでいても、いつの間にか彼の分担になったゴミ出しや水回りの掃除をし損ねた日には、朝少しだけ早起きをしてこっそりやっているのはここだけの話。
(なぜこっそりなのかは、未だに謎である)
男女の関係になっても、お互いの立ち位置は昔とそう大きくは変わっていない。
基本的に、大抵彼が世話を焼いてくれる。
いつだって先頭を歩いてくれる、風を切るような眼差しに今でも胸の底は熱くなる。
時折見せる無防備な笑顔は、ももこのなけなしの母性をこれでもかとくすぐった。

思春期よりもずっと前から、彼を見ていた。
初めて意識をした時に見た彼の日に焼けた鼻筋の端正なこと、陽に照らされた黒髪は緑に溶ける位に艶めいていた。
あの日の光景は今でも鮮明に思い出せる程、ももこの瞼に焼き付いている。
そんなそこそこ長い時間の中で共に寝起きし、共に顔を突き合わせ食事を摂り、時々些細ないさかいにヤキモキする日々を楽しんできた。

自宅にたどり着いた頃にはすっかり陽が落ち、頭上には街灯やネオンに負けないほどの月がこちらを照らしていた。
どこからか漂うカレーの匂いと快速列車の滑車音、夜風に紛れて甘く薫る花に、僅かな感傷が顔を覗かせる。

何でもない夜に寄り添うスーパームーン。
途方もない時間の片隅で、ビールと餃子と彼と過ごせる日々。
あと数時間もして日付を超えたらまた一つ、年を重ねる彼。

日毎、夜毎、ももこの彼への想いは倍音のように、銀河の片隅で波紋のように拡がって行くようだった。

***

「大野くん、お誕生日おめでとう。」

寝所に潜ったのは零時を少し回った頃だった。
先に休んでいたももこは、まあ間違いなく夢の中だと思っていたから、けんいちは俄に驚いた。

今朝(正確には昨日)、スーパームーンだから今日の夜は何にしようかなあ、なんてスーパームーンに託けて飲みたいだけのももこの独り言を聞きながら「どうせビールと餃子だろ」と、けんいちは思ったが見事に的中していたらしい。

もし早く帰れたら月見ビール餃子祭りをしよう!と、昼間ももこからメッセージが送られてきた際にはそこまで気乗りはしていなかったが、時間が経つほど稀少な天体イベントに期待を膨らませる位には、けんいちもなかなかのロマンチストだった。
結局、けんいちが帰宅したのは二十三時を過ぎていて、シンクの脇に水切りされた缶ビールの空き缶が整然と並んでるのを見て、ももこが月見ビール餃子祭りを堪能した事だけは窺い知れた。
手早くシャワーを浴びて、身支度を整えてベッドに潜り込んだ所で、ももこからの祝辞だった。

「ありがとう、さくら。起こした?」
もうそれが自然の摂理であるかのように、彼女の左側に体を滑らせて、けんいちは枕元のベッドランプを消した。
「ちょっとウトウトしてた。」
まだ慣れない夜闇の中で、少しだけ眠そうな声でももこが言った。
「新しい年も、大野くんらしく過ごしてください。」
ももこは、寝起きのような掠れた声でつぶやいて、やっぱり自然とけんいちの肩口に額を乗せた。
「ありがとう。今年もよろしく。」
まるで新年の挨拶のような、これが彼らの祝いの言葉だった。
「今年もトンカツにロウソク立てていい?」
「祝ってくれる気持ちが嬉しいので、ぜひそうして下さい。」

甘いものが得意ではないけんいちのために、好物のトンカツにロウソクを立てて歌われるバースデーソングは、初めこそけんいちに少しだけ複雑な感情を抱かせたが、それも五年目となると最早この時期の恒例となっている。

けんいちの目が夜の気配に慣れた頃、隣からは規則正しい寝息が聞こえていた。
右の肩に触れる体温と、繋いだ指先から伝わる脈動にいつも安堵しながら夜を迎える。
もう数え切れない位の時間を、そんな風に彼女と過ごしてきた。
当たり前のように朝を迎え、当たり前のように年を重ねて、当たり前のように彼女と寄り添っている。
出会った頃から数えると十数年という時間を過ごしても尚、けんいちの瞳に写る彼女は鮮やかで眩しい程だった。
俗に言う人間的な苦も楽も、上りも下りも、ああだこうだと言いながらも不思議と何とか治めてしまう強引さが、まるで凹凸がぴったりとはまるパズルゲームの様で、けんいちにとってなんとも言い難い快感だった。

何でもない日に、また一つ年を重ねた。
何ともない夜に、当たり前の様に彼女の寝息を聞いている。
カーテンの隙間から溢れる月明かりは、これから徐々に欠けていく。
有限の肉体を与えられ、育まれ、見守られているこの世界を、彼女とこれからもありったけ体験して「ああ、楽しかった。お腹いっぱいだ。」と笑って『その日』を迎えたい。

そんな事を巡らせる位には、やっぱりけんいちはロマンチストで、そしてゆっくり今日という夜に瞼を閉じた。

HUG HUG HUG

『ちびまる子ちゃん』の二次創作テキストサイトです。 大まるが主に好き。 一次創作(オリジナル)や『ごくせん(慎くみ)』も一部あります。 あくまで個人の趣味のサイトのため、原作者様・関係者様には一切関係ございません。 ここを見つけてくれた方が、楽しい瞬間を過ごしてくれたら幸いです。 いつも変わらない愛を、ありがとうございます。 motoi/☆★☆

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