シュプール


言葉ではいい表せないほど。

こんなに好きなのに、どうして背中合わせ。



私は、恋愛に依存なんてしたくないなあ。

そんなことをふ、と思ったのはきっと、彼氏がメールの返信を怠って不安でご飯も喉を通りません、っていう友達を目にしたから。


昼休みの教室の一角で、いつもみたいにまるちゃんを含めた女子数名で弁当を広げながら、他愛もない会話に花を咲かす(まるちゃんには新しく仕入れたお笑い芸人のネタを披露する場)。

そんな中、明らかに食欲のない表情で携帯を気にする彼女に、どうしたの?と声をかけたのは私からだった。

だけど、彼女の沈んでいる原因を聞いても私にはまったくピンと来なかった。


「たまちゃんが羨ましいよ、杉山くんは絶対たまちゃんを不安にさせたりしないんだよね。」

そんな彼女の呟きに思わず箸を止めた。

「杉山くんはたまちゃんにゾッコンだからねえ、ちょけたこと言ったりするけど。」

「もう!まるちゃんてば。」

「確かに羨ましいわあ。だって杉山って普段、大野といると落ち着きないガキって感じだけど、本当はすごくよく人のこと見てるよね。気利くっていうか。」

ギャップってやつ?と、口々に皆は頷く。


杉山さとしくんは、私の恋人。

前述の通り良くも悪くも、女子の話題に挙がる彼と付き合い始めたのはもう8ヶ月前のこと。

たまたま一緒になった通学路での愛の告白(後から聞いたらあれは偶然ではなく必然)で、今まで特に意識してなかった彼に、完全に射ぬかれてしまったのは私だった。

「でも、たまちゃんも大変じゃない?色々。」

「何が?」

「だって、杉山モテるじゃん。心配とかしない?私なんて特にモテる訳でもない彼氏ですらモヤモヤしちゃってるのに。」

「だからあ、杉山くんはたまちゃんにゾッコンなんだってば。告白するしないでどれだけ私と大野くんがやきもきしたか。」

あ、やっぱり。

まるちゃんと大野くんも一枚噛んでたんだ。


私は弁当箱の隅の米粒を摘みながら、楽しそうにああでもないこうでもないと繰り広げられる会話を眺めていた。

私と杉山くんの付き合いは、確かに淡泊なのものかもしれない。

特に毎日連絡を取り合っていないと不安だ、ということもない。

毎日手を繋いで登下校なんて、もっとない。

そういえば杉山くんはよく私に好きだと伝えてくれる、私はまだ一度だってないのに。

みんなから心配される杉山くんファンからの誹謗や中傷みたいなものもない。

穏やかな緩やかな、お付き合い。


お喋りしてる間に昼休みも終わり、みんなそれぞれがクラスに戻る。

教室の入り口までまるちゃんを見送っていると、大野くんも教室に帰ってきたところで、2人は相変わらずの憎まれ口(大野くんがチビと罵るところから始まるいつもの光景)を叩き合う。

大野くんはきっと今とても楽しいに違いないと、彼の横顔を見ていてそう思った。

杉山くんは、どうなんだろう。

この大野くんのように嬉しくて堪らない横顔をしているのだろうか。

「あれ、大野くん。杉山くんは?」

まるちゃんが気付く。

そういえば、昼休みのチャイムと共に大野くんを教室に迎えに来て、終了と共に2人連れ立って戻ってくるのに、ここしばらく彼は1人で帰ってくる。

「さくら昼休みもう終わりだろ。さっさと教室戻れよ。」

「ちょっと、何なのさ!そっちが勝手に呼び止めたんでしょ!言われなくても戻るよーだ!」

じゃあねたまちゃん!と、威勢よくまるちゃんは廊下を駆けて行った。

大野くんには馬鹿、と言い残して。

「馬鹿って、あいついくつだよ。」

「ねえ、大野くん。杉山くんは?」

その時の私がどんな表情をしていたのか分からないけれど、大野くんは一瞬巡らせてから「下駄箱。」と、だけ言った。

「ああ、穂波はやっぱ誤魔化せねえな、誰かさんと大違い。」

下駄箱。

どうして、杉山くんはそんな所にいるんだろう。

巡らせても巡らせても見えてこないまま、私は階段を駆け降りる。


踊り場に差し掛かった時、向こうから来るその人影が杉山くんだと気付いた。

「穂波。」

少しだけ驚いたみたいに目を丸くする、彼。

「どしたの?もうチャイム鳴ったろ。」

「杉山くんが。下駄箱にいるって、大野くんに聞いて。」

あ、って顔。

少しだけバツが悪そうに杉山くんはあいつ、と聞き取れるぎりぎりの声で呟く。

「何してるの?下駄箱で、毎日毎日。」

「何も。」

「毎日だよ?」

何もないわけがないんだ、それはあの大野くんの声が表情がそう物語っている。


「穂波、俺ね。今すげえ、幸せなんだ。」

杉山くんは、そう笑いながら私に近づいてくる。

何だか、泣きたくなるくらいの午後の日差しに照らされた笑顔。

「好きな子と付き合えるってこんなに幸せなんて俺知らなかったんだ。穂波のおかげで俺、世界で一番幸せなんだ。だから、もし穂波が悲しいなら傍にいたいし、穂波が傷ついたりするなら守りたいんだ。」

「杉山くん。」

「俺と一緒にいて幸せだって、穂波にもそう思ってほしいじゃん?」

ああ、やっと話が見えてきた。

杉山くんの右手の中の紙切れに書かれているのは、きっと私に宛てた謂れのない言葉達。

杉山くんと付き合ってから、周りからの風当たりを一切感じずに入られた理由。

杉山くん、私守られてた?

杉山くん、杉山くん、杉山くん。

私はね、実は本当はずっと強いんだよ。

この世界に生まれた瞬間から、愛されはせども傷ついたり傷つけられたりしないのよ。

私は、傷なんかつかない。


「杉山くん。」

「穂波、教室戻ろうぜ。」

「杉山くん、私は杉山くんが大好きです。」

「俺も。」


そう笑う彼が眩しくて、泣きたくなる気持ちを必死に押し込めながら、この愛しくて柔らかで献身的なこの人を私が生涯守ると決めたのは、確かにこの時だった。

HUG HUG HUG

『ちびまる子ちゃん』の二次創作テキストサイトです。 大まるが主に好き。 一次創作(オリジナル)や『ごくせん(慎くみ)』も一部あります。 あくまで個人の趣味のサイトのため、原作者様・関係者様には一切関係ございません。 ここを見つけてくれた方が、楽しい瞬間を過ごしてくれたら幸いです。 いつも変わらない愛を、ありがとうございます。 motoi/☆★☆

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