1.夢見る頃。

涙はどんな宝石より、美しく尊い物だと聞いたことがある。


大野くんと私の歴史は長い。


長く深く、それは太古遥かの恐竜達よりどっしりとした時間を過ごしてきた、と思っている。

おそらく人類の歴史に比べたら幾分か重要な時間だと勝手に解釈している。

そう言えばいつだって彼は怪訝な顔をするのだが。

そんな彼と私の始まりは小学生まで遡る。

乱暴者でいつもえばっていた彼とまさか男女の仲で振る舞い合うとは露にも思っていない頃だ。

彼は一等長けた面を数え切れない程持っていて、一番わかりやすい所で顔付き、次に運動神経、成績。

とにかく私という歴史に変革をもたらした、それはジャンヌダルクの様な彼(英雄だが決して火あぶりになったりはしない)と一緒に暮らすようになって気付けば季節が二周し、付き合い始めた頃を含めるとオリンピックイヤーなんて余裕で越えていた。


「早く結婚しちゃいなさいよ。」

時折、実家に顔を出す度姉はこんこんとそう告げる。

「うん、するよ。」

「いつ?」

「来年とか。」

その繰り返しで最後はまるこの馬鹿、と姉に締め括られる。

「本当に結婚ってタイミングなんだから。あんたが大野くんと付き合えたのも、今もこうして居られるのもそういうタイミングなんだから。」

「分かってるよ。だから、来年にはしようかって今ちょっとそういう空気なんだからさ。」

私がそこまで言うと姉もそれ以上何も返せなくなり、大事な事だから言ってるんだと溜息をつくのだ。

一緒に居たいから一緒に住む、そのシンプルさが合っている、結婚という物に特にこだわりもないこれが二十五の私だった。


帰宅すると彼が先に晩御飯をこしらえていた。

同じ様に仕事をしてはたまた彼の方がハードな事もあるだろうに、それでも先に帰宅した夜は炊事場にも立つし洗濯もこなし、その姿は元来怠け者(それもミリオンイヤー級)と言われた私に家事を苦だと思わせなかった。

そういう時、私は彼に選ばれ、選んだ幸福を噛み締めた。

このままの私達で、例えば痴話喧嘩なんかしながら毎日暮らして行けるのならばこの先おそらく未来永劫、それはそれは泰平で輝く様な人生だろう。


「俺さ、来月から大阪で仕事することになった。」

それはいつもの食卓で大野くんがぽつりとこぼした(元々がつがつ話すほうではない)事の発端、彼の様子が取り立てて落ち着きがなかった訳でもなく、どちらかと言えば妙に冷静だったことが唯一の違和感だと、今なら思う。

「来月、また急だね。」

「うん。大阪の新しい営業所が出来てさ、大方回るまではって。」

「いつまで?」

「一年。」

「なんだ一年か。」

あっという間だ、とここで安堵した私も私だ。

「俺の意見から言うとな。さくらにはここで待ってて欲しいんだ。向こうに居るのも一年だけだし、大阪東京なら月一で帰って来れる。それにさくらには仕事もあるし。」

単刀直入、実に明解でそして私と全く同じ意見だった事に酷く驚いた。

「分かったよ、しっかり留守番してるよ。」

「頼んだ。」


大野くんの単身赴任会議は物の五分で決着が着いたので、テーブルに並んだ鰤の照り焼きやご飯、味噌汁からはまだうっすら湯気が上がっていた。


彼は海外用のスーツケースに一先ずスーツ五着、私服一式を詰めると後は少しずつ要るときに送って、とバックパッカーの如く身軽に我が家を出た。

私はそんな大野くんを東京駅で見送り、一人家路についたのだ。

私達二人の間にはドラマの恋人達の様な悲壮感も別れを惜しむキスもなく、旅立ちの前の晩に泣いてみたり激しく求め合ったりもしなかった。

ただ彼が新幹線に乗り込む前に私の左手を強く強く握り締めてくれただけ。

その左手の力強さや私よりも少しだけ高い体温、それだけでふわりと血が巡り喉元が熱くなった。

家の中は何も変わらず、大野くんの物はそのままいつも通りに家中に鎮座している。

そこで私はいつも通り、寝起きし仕事へ向かいまた帰ってくるのだ。

二人の家に一人で。


そこかしこに漂う大野くんの気配に、気が付けば涙が溢れた。

別れ際は少しもドラマチックではなかった、しかしどんなヒロインにも負けない位、私は今穏やかにたおやかに涙を流している。


布団に潜り込んで薄暗い天井を眺めながら、この留守番を無事果たせたら彼にプロポーズしよう、そんなことを考えた。

HUG HUG HUG

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